漢方の薬用キノコ霊芝(れいし)が人工栽培されたのはいつからか?
霊芝(れいし)はもともと自然界において、自生する数が少なかったキノコです。
そのため薬効が優れているにも関わらず、宮廷などでもなかなか手に入れることができない希少価値の高いキノコでした。
それが今では霊芝も人工栽培できるようになり、今では私も含め多くに人に飲まれるようになってきました。
今回、霊芝の人工栽培はいつからできるようになったのかを調べていくと、意外なことが分かってきましたので、それをお伝えします。
異なる霊芝の人工栽培開始時期
霊芝の人工栽培の開始時期を調べていくと元京都大学食糧科学研究所技官の直井幸雄氏という方に当たります。
この直井幸雄氏がいつ人工栽培をやり始めたのかを調べていたのですが、その栽培時期で意外なことが分かってきました。
「霊芝のススメ」の見解
霊芝の魅力を伝えている「霊芝のススメ」というサイトには以下のように書かれています。
中国における長い歴史を持つ霊芝ですが、意外なことに、人工栽培の方法を確立したのは日本の方が先でした。
最初に試みられたのは1930年代後半。京都大学が中心機関となって行われましたが、残念ながらこのときは成功に至っていません。
そして1971年、直井幸雄氏が、種菌をオガくずにポット栽培するという方法で、初めて量産に成功しました。
これは私も知っている「世界初の人工栽培は日本」説ですね。
ところがこれとは違う説があったのです。
「梅丹本舗」の見解
梅関係のサプリメントを中心に展開している梅丹本舗というメーカーのサイトにある「古梅霊芝(粒状)」という商品の説明には以下のように書かれています。
1974年に、霊芝の人工栽培に世界で初めて成功し、製品化したのが梅丹本舗です。それは、15年にわたる研究の結果でした。
まず霊芝の人工栽培に成功した年が違います。
また成功した人物が直井幸雄氏ではなく、梅丹本舗になっています。
ところがさらに異なった見解を持つサイトがありました。
「わかさ生活」の見解
ブルーベリーのサプリメントで有名なわかさ生活の「わかさの秘密」という成分情報のデータベースでは以下のように書かれていました。
このように貴重な霊芝を人口栽培しようと古くから研究が行われて、1972年以降に中国で安定した人工栽培ができるようになりました。
その後、日本においても霊芝の人工栽培に成功し、昔に比べ霊芝が身近な存在となっていきました。
世界初の霊芝の人工栽培に成功したのは中国。
そしてその後、日本でも人工栽培ができるようになったというのです。
各々が違う見解です。
まだそれほど昔のことではないのに、これほど違うというのも驚きですね。
まとめ
霊芝の人工栽培に成功した人は直井幸雄氏というイメージがありました。
しかし、その根底を覆すような見解が2つも見つかりました。
1つは人工栽培に成功したのは直井幸雄氏ではない説。
もう1つはそもそも世界初の人工栽培に成功したのは日本ではなく中国という説。
もしかしたら、まだ他に違う見解があるかもしれません。
それぞれの見解の裏付けとなることが書かれていないので、どれが正しいのか不明です。
しかし、霊芝の人工栽培が成功したため、私も含め多く人が恩恵にあずかっている事実は変わりません。
霊芝の人口栽培を成功させた人には感謝ですね。
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